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【元ネタ】元朝秘史 【CLASS】ライダー 【マスター】 【真名】チンギス・ハン 【性別】男性 【身長・体重】170cm・120kg 【属性】混沌・中庸 【ステータス】筋力C 耐久C 敏捷B 魔力D 幸運B 宝具A+ 【クラス別スキル】 対魔力:D 一工程(シングルアクション)による魔術行使を無効化する。 魔力避けのアミュレット程度の対魔力。 騎乗:A+ 騎乗の才能。獣であるのならば幻獣・神獣のものまで乗りこなせる。ただし、竜種は該当しない。 【固有スキル】 カリスマ:A 大軍団を指揮する天性の才能。 最高峰の人望と恐怖による支配。 軍略:B 一対一の戦闘ではなく、多人数を動員した戦場における戦術的直感力。 自らの対軍宝具の行使や、逆に相手の対軍宝具に対処する場合に有利な補正が与えられる。 早駆けの乗法:A 騎馬民族に伝わる、特殊な乗馬技術。 騎乗物の敏捷性、持久性を向上させ、さらに本人の騎乗時中の魔力消費を抑える効果がある。 【宝具】 『王の葬列(コープス・ホード)』 ランク:B 種別:対軍宝具 レンジ:1~30 最大捕捉:1000人 多くの犠牲のもとに打ち立てられたチンギス・ハンの覇道を象徴する宝具。 蒙古軍団によって流された全ての血が、『覇王の卵(アトガ・ヌジ)』として手の平大に凝縮されている。 テムジンはこれにより血液に遺された犠牲者たちの生への未練と残留思念を魔術回路に読み込んで複製を召喚出来る。 召還された亡者たちはチンギス・ハンの先兵として、生きとし生けるもの全てへの攻撃を開始する。 また、亡者に殺された人間はチンギス・ハンの葬列に新たに組み込まれる。 『四駿四狗(ドルベン・クルウド・ドルベン・ノガス)』 ランク:B 種別:対軍宝具 レンジ:1~50 最大捕捉:200人 『王の葬列(コープス・ホード)』によって召喚された夥しい数の亡者を融合させ、魔獣『四駿四狗』に変身させる。 八頭全ての『四駿四狗』を顕現させるには、全ての亡者が融合させる必要がある。 一頭だけなら、魔力の消耗は微々たるものだが、八頭全て顕現させるには大量の魔力を必要とする。 『四駿』は四頭の馬の姿をし、守りに優れ、チンギス・ハンの乗馬として、或いは替え馬として戦域を自由自在に駆け巡る。 『四狗』は四頭の犬の姿をし、攻めに優れ、忠実で勇敢な猟犬としてチンギス・ハンを助ける。 また、『四駿四狗』はそれぞれチンギス・ハンの意識と直接リンクしており、変幻自在の作戦行動に対応した運用が可能である。 『屍喰らいし天(エセゲ・マラン・テンゲリ)』 ランク:A+ 種別:対軍宝具 レンジ:1~30 最大捕捉:100人 『覇王の卵(アトガ・ヌジ)』にチンギス・ハン自身の血を吸わせることで発動する最終宝具。 真名開放とともにチンギス・ハンの血液から魂の系譜をさかのぼり、 キャト・ボルジギン氏の始祖である神獣『蒼き狼』の情報を引き出し、 それを元に『四駿四狗(ドルベン・クルウド・ドルベン・ノガス)』の全てが融合して、 亡者達の肉体で構成された20mほどの巨大な化け物『死屍蒼狼』になる。 【weapon】 『無銘・合成弓』 木製の弓に動物の骨や腱、角、鉄や銅の金属板を張り合わせた弓。騎馬民族の主武装。 【解説】 モンゴル帝国の始祖、蹂躙王チンギス・ハン。 本名をテムジンといい、蒼き狼と白き鹿の息子の子孫とされる。 幼少時に父の謀殺によって一族郎等のほぼ全てが離反するという絶望的な逆境を乗り越え、高原の遊牧民諸部族を統一。 機動力に富む強力な騎馬軍団により、ユーラシア大陸の国々を次々に征服し、 一代にしてモンゴル帝国を築き上げた遊牧民の大英雄。 皆殺しや陵辱など残虐な面を強調した逸話が多いが、身内や忠誠を誓う者には最大の温情を与えもした。 彼の死後、モンゴル帝国は史上最大の領土を持つ大帝国へと成長した。 【イメージイラスト】 男皆鯖集合カラーイラスト 【出演SS】 蹂躙王道場 征服問答~チンギス・ハーンとイスカンダル~ マスターV教授(+フラット君)のサーヴァント講座 五時限目 エウロペ(アーチャー)VSチンギス・ハーン(ライダー) ドキッ!女だらけの聖杯戦争 バベルの塔の狸 Fake/Hand in Hand Fate/End of Days-Prologue Fate/Zero Another ~Heroes tragic love song ACT2 CRETENG Fate/MINASABA 5th Fate/MINASABA MIX-1 Fate/MINASABA MIX-2 カオス
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条件 チンギスハン(国王であること)が蒙古文化圏内都市に所属、同じ都市に他に将軍がいる。 チャガタイが配下にいる。 クリルタイ発生している。 結果 ジュチが死亡する。 モンゴルスタートの場合、特に優秀な将軍であるジュチの死は大変な痛手。 しかしチンギスハンとジュチ親子の苦悩がよく分かる為一見の価値あり。
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登録日:2020/07/25 Sat 07 42 00 更新日:2024/05/25 Sat 00 52 44NEW! 所要時間:約 19 分で読めます ▽タグ一覧 ×源義経 アニヲタ人物図鑑 ジンギスカン ジンギス汗 チンギス・カアン チンギス・カン チンギス・ハン チンギス・ハーン テムジン ハーレム モンゴル モンゴル人 モンゴル帝国 レイプ魔 世界一子孫が多い偉人 世界史 侵略者 大男 孕ませ王 征服王 征服者 性豪 支配者 皇帝 蒼き狼 虐殺者 鉄の男 チンギス・カン(英語表記 Cinggis qagan、中国語表記 成吉思汗、1162年4月16日~1227年8月18日)は、イェケ・モンゴル・ウルス(日本語訳で『大モンゴル国』)、通称モンゴル帝国の創始者である。 チンギス・カーンと伸ばして表記したり、チンギス・ハン(ハーン)、 チンギス・カアン、ジンギスカンと表記されることもある。 幼名はテムジン(鉄木真)。「鉄の男」の意。 経歴(概要) 誕生 モンゴル平原にてボルジギン氏族の首長イェスゲイ・バアトルとホエルンの子として生を受ける。 誕生の直前にイェスゲイは敵対部族であるタタール族と戦っており、死闘の末にその首長テムジン・ウゲを破り捕縛して連行、 直後にホエルンが産気づきデリウン岳で誕生したとされている。 父はタタール族への勝利の記念として生まれたばかりの子供にテムジンと名付けたという。 ただし当時のモンゴルには記録を残すという習慣がなかった為、誕生年に関しては諸説あり、 公式では1162年とされているがそれ以前とも、それ以降とも言われている。 イェスゲイの死 テムジンはすくすくと成長し9歳になった時のこと。 将来の妻を見定めるべくイェスゲイに連れられてオンギラト氏族の首長デイ・セチェンと出会い、娘を紹介される。 娘の名前はボルテ。テムジンより1歳ほど年上であった。 だがイェスゲイはボルテを一目見て気に入り、息子の将来の妻にするようにデイ・セチェンと交渉する。 その際に出された条件は婿としてオンギラト氏族に身柄を置くことであった。 イェスゲイはこれを承諾し、幼きテムジンを置いて自分の家へ向かった。 その途中喉の渇きを覚えたイェスゲイは途中でタタール族が宴を開いているのを見て飲み物を分けてもらった。 だが以前ボルジギン氏族に敗北したタタール族は彼の事を覚えており、敵であるボルジギン氏族へ復讐する絶好の機会と 言わんばかりに飲み物に毒を仕込んでおいた。 そうとは知らずに飲み物を飲んだイェスゲイは毒に侵されてしまい、体調を崩してしまう。 それでもなお最期の力を振り絞って3泊4日かけて家へたどり着くとそのまま命を落としてしまった。 死の直前、近くにいたチャラカ翁の子モンリクに「テムジンを連れ戻し、残った者達を頼む」と遺言を残したという。 遺言通りオンギラト氏族の元へ訪れたモンリクはテムジンを連れ、そのまま戻るが イェスゲイを失った氏族はほとんどがボルジギン氏族を見限り、他の地域へ移住するために立ち去ってしまう。 チャラカ翁は見捨てないでほしいと必死に説得したが槍で背中から刺され重傷を負う。 騒ぎを聞きつけて駆け付けたテムジンは事の真相を聞き、泣いて立ち去った。 夫に先立たれたホエルンは女手一つでテムジンやその兄弟たちを育て上げ、その甲斐あってテムジンは立派に成長した。 部族統一 しかし力をつけてきたテムジンを見て将来の権力を脅かされるのを 恐れたタイチウト氏のタルグタイ・キリルトクはテムジンを捕らえ、そのまま抑留した。 当然権力を脅かしかねないテムジンを生かしておく保証はなく、いつ処刑されてもおかしくない。 そんな絶体絶命の危機を救ったのがタイチウト氏に隷属していた一族であるソルカン・シラの助けもあって何とか脱出し事なきを得ている。 危機を脱してから数年経ち、成人したテムジンに今度は敵部族であるメルキト部族連合の長トクトア・ベキ率いる軍勢に 宿営地を襲撃された上、妻であるボルテも攫われてしまう。 このピンチに力を貸したのが亡き父の盟友であったトグリル・カンやジャジラト氏の首長ジャムカであった。 彼らの協力もあって、テムジンはボルテを奪い返すことに成功する。 ボルテ奪還からほどなくして長男であり、モンゴル語で"旅客"という意味であるジョチが誕生する。 名前の由来に関しては諸説あり、旅の途中で生まれたためという説やボルテがとらわれていた頃にメルキトの男と結婚させられており、 自分の子ではないのではないかと父に疑われていたからという説がある。 『元朝秘史』によれば、この話はジョチ存命の頃から囁かれていたようで、 次弟チャガタイは父の面前で「メルキトの子」とジョチを罵るなど、この二人は不和だったと伝えている。 実際にこのようなことがあったかは不明なものの、ジョチとチャガタイが不和だったことと、ジョチの出生を問題視する動きがあったことは事実である。 メルキトとの戦いに勝ったテムジンは勢いを取り戻し、モンゴル部で一目置かれる存在となり、 寛容な振舞いから彼のもとに父の盟友やジャムカに仕えていた多くの部族が集い、仕えるようになった。 そのおかげで勢力を着々と広げていくがジャムカは自身に仕えていた部族を取られたからか段々とテムジンに対して冷たく接するようになり、 ジャムカの一族がテムジンの宿営地へ侵入し馬を奪おうとして殺された事件を機に関係は完全に決裂してしまう。 一族を殺され、激怒したジャムカは軍勢を率いてテムジンの宿営地へ襲撃し、対するテムジンもジャムカ率いる軍勢を迎え撃った。 しかし軍勢の差で多勢に無勢であり、ジャムカに敗れたテムジンはジェレネ狭間へ逃走した。 捕らえた敵をジャムカは容赦なく釜茹でにして処刑したがこの行いが仇となって見限られてしまい、敗れたテムジンにつく部族が続出した。 同じ頃、ケレイト部での内紛によってトグリルが王位を降ろされ、兄弟であるジャガ・ガンポがテムジンの元へ助けを求めに亡命した。 一方王位を降ろされ、追放されたトグリルもウイグルや西夏の地域を転々としながら逃げ続け、なんとかテムジンの元へ合流する。 テムジンはトグリルが父イェスゲイの盟友であったことを利用して義理の親子の関係を結び、 そのおかげでトグリルは王へと復権することができ、オン・カンという称号を得た。 1201年には元盟友にして宿敵でもあるジャムカを盟主とした部族同盟が結ばれたがボルテの実家の協力もあって全て筒抜けであり、 これを利用して奇襲を仕掛け、服属させている。 その後も部族同盟の残党が攻め入っていたようであるが苦戦の末にこれを返り討ちにし、高原の中央部の覇権を得た。 だが、トグリルの息子と仲違いしてしまい、さらに翌年には亡命してきたジャムカによって唆されたトグリルによって牧地を襲撃され、 攻撃から逃れるべくオノン川を越えてバルジュナ湖周辺地域で力を蓄えながら暫く身を潜めることとなる。 同年の秋に機が熟したとみたテムジンは再び高原に戻り、ケレイトの本営を探り、オン・カンの軍勢を奇襲して勝利。 これによって高原の中央部を手中に収めた。 しかし、宿敵のジャムカは砂漠に残る大勢力である西方部族・ナイマンのタヤン・カンらと組んでテムジンと戦い、 テムジンがそのタヤンを破ると、今度は北方のメルキトの下に逃れたため、テムジンは追撃を仕掛けてメルキトも破った。 いよいよ追い詰められたジャムカは、自分を見限った部下に裏切られて捕らわれ、テムジンの下に引き渡されることとなったが、 私利私欲で自らの主を裏切るという卑劣な行為にテムジンは激怒し、自分からの褒美を期待していたその部下たちを全員斬首刑とした。 そして、テムジンは捕らえられたジャムカに旧交から助命を持ち掛けるが、ジャムカは軍門に下ることを拒否して潔く死を望んだため、やむを得ず、処刑することとなった。 その処刑方法は、ジャムカを皮袋に包んで身動きを取れなくした上で、馬の大群に踏ませるというもので、現代の視点では残虐に思える処刑方法であるが、 この方法は当時のモンゴルでは貴人に対して行われるもので、テムジンなりのジャムカへの敬意や配慮を示しているとされる(*1)。 皇帝に即位~チンギス・カンへ 全ての部族を手中におさめ、支配下に置いたテムジンは諸部族の首長や功臣をオノン川上流に集め、クリルタイと呼ばれる最高部族会議を開き、 諸部族を統べる首長のさらに上である大カンとなり、ここにイェケ・モンゴル・ウルスが成立する。 その際に盟友でかつてイェスゲイの最期を看取ったモンリケの息子でシャーマンのココチュ・テプテングリにより、チンギス・カンという名前を授けられる。 モンゴル帝国とその創始者チンギス・カンが誕生した瞬間であった。 チンギスという言葉の意味は未だに不明であり、古いモンゴル語で「支配者」を意味する言葉、 そもそもモンゴル語ではなくテュルク系民族の言葉で「海」を意味するテンギズとも言われている。 中国征服 モンゴル帝国を築き、テムジンからチンギス・カンとなった彼は手始めに 当時の中国の王朝である金朝への侵略計画を企て、1211年に実行に移した。 その際に確実に攻め落とすべく三軍に分かれ、長城を超えた後、黄河と長城の間にある領域で金軍と激突するがこれを破り、中国北方を荒らし回った。 この時点では野戦に特化していて城を落とす術を持っていなかったので流石に堅固な城壁に阻まれた都市は攻め落とすことはできなかったが、 中国人を見て城を落とす術も徐々に学習し、遂には戦争の歴史上世界でも上位の実力を備えた征服者となったという。 その後も中国領土を次々に陥落させていき、1214年には金によって一応の和平が結ばれたものの、 無断で首都を移された事を背信と判断したチンギスによって報復攻撃が行われ、 1215年にはとうとうかつての首都であった燕京を陥落させ、手中に収めてしまった。 同じ頃、西遼(現在の中央アジア地域)へ逃れたナイマン部族連合の首長クチュルクを討とうとしたが 度重なる戦で消耗が激しく、とても長期戦のできる状態ではなかったため、 腹心のジェベに2万の軍勢を与え、尖兵としてクチュルクに当てることとした。 クチュルクは仏教徒となって元々住んでいたイスラム教徒の民に対して圧政を敷いていた為、 ジェベは西遼に攻め入った際にイスラム教徒の民に対して「自分たちの配下に加われば宗教の信仰は自由である」と反乱を起こすように唆した。 するとたちまち西遼の各地でイスラム教徒による反乱が勃発し、混乱に陥った隙を突いてクチュルクを襲撃。 これにたまらずバダフシャーンへと逃走するが結局捕縛され、そのまま処刑された。 その勢いのまま西遼をも手中に収めると今度は西方のイスラム系国家であるホラズム・シャー朝へ侵略することを決めた。 西方遠征 1218年、侵略への一歩としてチンギスはホラズム・シャー朝へ使いを送るが、 オトラル(現在のカザフスタン南部)の統治者はあろうことか欲に駆られ彼らを皆殺しにしてしまう。 この行いに激怒したチンギスは弟テムゲに帝国の本拠地であるモンゴルの護衛を任せ、4人の息子達を含めた軍勢を率いて自ら出陣した。 この時金朝に侵略したときと同じく三手に分かれて中央アジアに侵攻し、 サマルカンドやブハラといった主要都市を次々に征服し、従う勢力には寛容な態度で受け入れたが 抵抗する勢力に対しては見せしめとして破壊の限りを尽くしたという。 こうして1220年にはホラズム・シャー朝を崩壊させてしまった。 しかしホラズム・シャー朝の王であったアラーウッディーン・ムハンマドにはさらに西へ逃げられてしまい、 チンギスはジェベとスベエディの二人にアラーウッディーンへの追撃を命じた。 その後アラーウッディーンはイランに逃げ延びたものの、二人が討つ前にカスピ海の島で死亡してしまう。 これを好機と見た二人は更なる進撃を続け、1121年にグルジア(現在のジョージア)を経て、遂にルーシ(現在のロシア)南部へと到達した。 ルーシにはテュルク系民族のポロヴェツ族がいたがこの事態に逃げ出し、 指導者のコチャンは当時のルーシ大公に救援を依頼し、連合軍を結成してカルカ河でモンゴル軍を迎撃した。 だが撤退するモンゴル軍を見て罠と知らずに追撃を加えてしまい、まんまと罠にはまった連合軍は 即席の軍隊であるために碌な連携も取れず、逆にモンゴル軍に囲まれ、大敗を喫してしまった。 この戦いがやがて西ヨーロッパ諸国にも伝わり、当時の侵略者の代名詞であるタタールとして恐れられることになったのである。 連合軍を破ったモンゴル軍はその勢いのまま分隊をヴォルガ・ブルガールへ送り込んだが悉く返り討ちに遭い、 敗北を知ったチンギスはこれ以上の進撃は無意味だと諦め、1222年頃にモンゴル本土への帰還を始め、 その最中腹心であるジェベが病死してしまう悲劇に見舞われながらも1225年にモンゴル本土に無事にたどり着く。 晩年~突然の死 西方への遠征から帰還したチンギスは自らの子供達に広大になった領地を分け与えることを提案し、 更に長男ジョチにはシベリアから南ロシアといった将来征服する国も含めた全ての土地、次男チャガタイには中央アジアの西遼だった土地を、 そして三男オゴデイにはモンゴルの西の地域とジュンガリア(現在のウイグル自治区北部)の支配権を与えた。 しかし末っ子のトルイだけはこの時点では支配権は与えられなかった。後にトルイはチンギス死後その財産をすべて引き継ぎ、トルイ家は帝国最大の勢力となる。 この時、支配下にあった西夏の皇帝は西方遠征の際のホラズム・シャー朝征服の際に援軍を送ることを渋っていた上、 チンギス本人がイランへ出向いて不在の隙を突いて金と同盟を結び、反乱を企てていた。 これを知ったチンギスは制裁の為に力を蓄えるべく暫くの休養と軍の編成を行い、1年後の1226年にそれを実行に移した。 チンギスの率いる軍勢は西夏の城を次々に攻め落とし、凍結した黄河を渡って霊州に攻め入り、 霊州への援軍として送り込まれた西夏の軍勢を返り討ちにするとそのまま進撃を続け、遂には西夏をも陥落させた。 翌年には興慶攻略のためにオゴデイに東の金の領域を攻めるように命じ、自らは各都市を次々に攻め落とした後、 南宋方面へ向かい、夏には苦手な暑さを避ける為に六盤山を宿営地にした。 西夏の残存勢力や金に和平の申し出を出されたが前者は受け入れたものの、後者はかつて裏切られた経験がある為か拒否した。 だがチンギスは宿営地であった六盤山で突然体調を崩してしまう。 これを知ったモンゴル軍は帝国本土へ撤退を始めたが体調は回復することなく寧ろ悪化するばかりであり、 同年8月18日、生きて故郷の土を踏む事は叶わず、この世を去った。 死後 チンギスの遺体はモンゴル高原へ還り、埋葬されることとなったが、 彼は死の直前に「自分の死が知られれば敵国に攻められる可能性があるので絶対に公表せぬように」と家臣たちに遺言を残した。 また、チンギスの遺体の埋葬地には、歴代ハーンの遺体も死後埋葬されたと考えられているが、 その具体的な場所は重要機密として扱われ、チンギスの遺体を運ぶ隊列を見た者は機密保持のために全て殺され(『東方見聞録』)、 さらに埋葬後にはそこに一千頭もの馬を走らせて地面を踏み固めさせ、埋葬の痕跡を入念に消したとされる。 その甲斐あってというべきか、現代でもチンギスの遺体の埋葬地の具体的な場所は判明していないが、 「ブルカン・カルドゥン」というモンゴル族の聖地である山、及びその近辺が有力視されている。 そういった事情もあり、彼の祭祀は埋葬地ではなく、生前の彼の宮廷であったオルドで行われた。 子孫 名前が知られているだけでもジョチ、チャガタイ、オゴデイ、トルイの四人の息子を 筆頭に娘達にも恵まれており。有力な氏族や支配下に置いた国の王族の元へ嫁いだという。 これだけ子が多いことから有名な孫も多い。 ジョチ家 バトゥ…ジョチ次男。オゴデイ時代に西方大遠征の総司令官となり、モンゴルの更なる肥大化に貢献。 西方の巨大政権ジョチ・ウルスの礎を築く。 オゴデイ家 グユク…オゴデイ長男。…ではあるが、所謂庶長男であり、大カンに推戴される可能性は高くなかった。 しかしオゴデイ死後に、実母ドレゲネの策謀もあって、当時トルイ家長であったモンケ(と後援者のバトゥ)と5年間も後継者争いをした挙句、バトゥの同意なしにクリルタイが強行され3代大カンに推戴、即位した。 西方遠征のおける内輪もめや上述の後継者争いなどによって、バトゥと深刻な対立関係にあり、一触即発の事態にまで発展するが、グユクが謎の死を遂げて戦争状態は避けられた。 ※カイドゥ…オゴデイ5男カシンの子、つまりオゴデイの孫にあたる。 カシンはオゴデイ在位中に若年で世を去っているが、彼はどうもオゴデイから事実上の皇太子として扱われていたようで、その子であったカイドゥもモンゴル皇族の中では高貴な出目と見られていたとする説がある。 クビライとアリクブケの後継者争いの隙に勢力を拡大し、有名な「カイドゥの乱」で「カイドゥ・ウルス」(「カイドゥの王国」)という独自の巨大勢力を成立させ、モンゴル帝国の大権力分立状態を確立した大物。 後述するクビライの最大のライバルであり、生涯にわたってクビライを悩ませた。 トルイ家 モンケ…長男。 グユク死後に後継者争いを経て4代カアンに即位。 グユクの代から続く対立で揺れていたモンゴルを、オゴデイ家・チャガタイ家の粛清・弾圧によって半ば強引に立て直し、更なる東西遠征を弟達に行わせ、再拡大に成功。 個人としても非常に優れた君主だったが、南宋国遠征中に突然の病で亡くなる。 一度まとまりかけたモンゴルであったが、強引な引き締めを行っていたモンケが急死したことで再び混乱を起こすことになり、モンゴルは大分立の時代を迎える。 フレグ…3男。 モンケ治世時に西方遠征の総司令として活躍。 未だ何とか生き残っていたイスラーム王朝アッバース朝を滅亡させ、イラン・中東地域を征服。 兄のクビライと弟のアリクブケの後継者戦争には静観の立場を取り、イラン・中東地域で巨大政権フレグ・ウルスの地盤を固める。 アリクブケ…4男。 モンケ治世時は、兄達が遠征に行く中、自身はモンケと共に本拠地モンゴル高原の統治、あるいはモンケ出征時の留守を務めた。 その為兄弟の中では、モンケ政権の面々の支持が最も厚く、 モンケ死後にクビライが一方的にカアンに即位したのに対抗して即位すると、その支持者は旧モンケ政権の主要勢力が多かった。 次兄クビライとカアン位を巡る内戦を繰り広げるも敗北し、まもなく病死する。 クビライ…次男にして、恐らく世界史的な影響力が最も大きい、数多くのチンギスの孫の中で最も有名な人物。 モンゴル帝国を巨大な陸上帝国から、海をも支配する「世界商業帝国」へ進化させた、モンゴル第二の創業者。 彼の死後もその血脈と遺伝子は脈々と受け継がれ、その血統自体がある種のブランドのようなものとなっており、 モンゴル帝国が存在していた時代は勿論帝国が崩壊してからもその流れを汲む国の王族や貴族にとって 彼の血を引いていることそれ自体が君主や貴族としてのある種のステータスとなっていたほどだ。 まるでギリシャ神話のゼウスである。 さらに、彼以降のモンゴル系諸政権(大元、ジョチ・ウルス、チャガタイ・ハン国、イルハン朝)にて、 カアン(モンゴル最高君主号)やカンに即位するのは『チンギス・カンの男系子孫のみ』という原則、いわゆるチンギス統原理が根付いた。 例えば土木の変を起こしたことで有名なエセン・ハーンは、モンゴル帝国のカアンとして即位したが、 チンギスの男系子孫でなかった(母方はチンギスの血統だが)ために、モンゴル高原の人々の大きな反発を招き、即位翌年には反乱を起こされて殺害されている。 なにより攻め落とした国の女を片っ端から食っていた(性的な意味で)と言われるほどのヤリっぷりから子孫も凄まじい数がいるとされており、 ある大学がY染色体を調べたところ、なんと中国やモンゴルは勿論のこと、 東ヨーロッパ地域、果ては中東地域にて1600万人もの子孫がいることが判明している。(ただし反論する研究もあるので注意されたし) 人となりについて 簡単に言えばカリスマ性を備えた豪傑にしてドS。 幼少期不遇だった過去から、例え異教徒でも従う限りは受け入れる寛容さを持っていたが 反抗した者に対しては一切の慈悲をかけずに容赦なく処刑する程の苛烈な性格だった。 かつて裏切られまくった経験からか、敵味方問わず裏切りという行為そのものが大嫌い。 なので敵であろうと主君への忠誠心に殉じるものは高く評価したが、 逆に主君を私利私欲で容易く裏切るような輩に対しては例えこちらに利益があったとしても嫌悪したほどである。 また、彼の性格を表すエピソードとして以下のものがある。 重臣の一人であるノヤンに男の最大の快楽とは何かと問いかけた際に、 「春の日、逞しい馬に跨り、手に鷹を据えて野原に赴き、鷹が飛鳥に一撃を加えるのを見ることであります」 と返答が返ってきた。 同じことを将軍であるボロウルに聞いたがノヤンと同じ返答が返ってきたため、これに呆れたのかこう言った。 「男たる者の最大の快楽は敵を撃滅し、これをまっしぐらに駆逐し、その所有する財物を奪い、その親しい人々が嘆き悲しむのを眺め、その馬に跨り、その敵の妻と娘を犯すことにある」 お、恐ろしい…(*2) 余談ではあるがコナン・ザ・グレートでも引用されている。] 酒の量を弁えていたと言われており、特に将軍や指導者といった、 少しの判断ミスが命取りとなる役職の者に対しては判断を鈍らせるので控えるように言っていた。 「最高でも3杯までで飲まないのが理想ではあるが、飲まない者はいないだろう」とも言っている。 容姿について 姿について記述された記録がほとんど残ってないので詳しい姿は不明である。 しかしながら数少ない記録によれば身体が立派、顔はひたいが広く、ひげが長いとされており、 他にも背が高く、頑丈な体、猫のような眼、まばらな白いヒゲといった特徴が述べられている。 身長に関しては上で述べたように大柄であったと伝わる一方で小柄だったとも伝わるので一定していないが、 現在は大柄だったという説の方が有力視されており、一説には身の丈2mを超える屈強な大男であったともいう。 源義経との関係 そんなチンギス・カンだが日本においては一時期、源義経と同一人物であるというトンデモ説が流布され、その説を推す書籍も発行された事がある。 それによれば義経は衣川の戦いで実は死んでおらず、海を渡って蝦夷地(現在の北海道)へ渡り、更にそこから海を渡って大陸に入り、 モンゴルにて遊牧民を纏めて帝国を築き、チンギス・カンとなったとされているのだ。 というのもモンゴル民族は文字が存在せず、記録を残す習慣もなく、もっぱら口承で後世に伝えていったのと、 そもそもチンギス・カンの生年や前半年が不明な点がかなり多いことから、 義経である説を否定する材料もないと言えるが、それを考慮しても無理のある説である。 まず、源義経が活躍した年代とチンギス・カンの活躍した年代は微妙にかみ合わず、 次に身長に関して、源義経がかなり小柄だったと伝わるのに対し、 チンギス・カンは一説には2mはあろうかという屈強な大男だったと伝わるのでそこも異なる点である。 余談 晩年の彼は上で述べた通り自身の死が知られれば今まで征服した国に反乱され、 まだ征服していない敵国にも攻め入られるので絶対に公表したり知られることがあってはならないと遺言を残し、 それを家臣に命じるなど今までの彼らしくない用心深さ(*3)を見せている。 その徹底ぶりは遺体を運ぶ隊列を見た者は誰であろうと容赦なく処刑したと言われるほどであり、 このことから現在においても彼の埋葬された墓は見つかっていない。 死因に関してだが病死と伝わるだけで詳しくはわかっていない。 だが上で述べた通り性豪であったことは確かだったようでこれが仇となったとする説も存在する。 享年は66歳前後と言われているがこれは当時の遊牧民としてはかなりの長寿であったという。 なお、孫のクビライに至っては享年80歳と、現代日本の男性の平均寿命レベルの長寿であった。 北海道の有名な名物料理としてジンギスカン鍋というものがあるが、 これは彼が兵士の士気を高めるために兜などの鉄でできたものを熱し、 鍋や鉄板代わりにし、羊の肉を焼いて食べさせたとされる逸話に由来する。 ただし彼が実際にそういうことをしたのかは不明であり、そもそもこの逸話が作り話という可能性の方が高い。 似たような理由で名付けられた料理にモンゴリアンバーベキューというものも存在する。 こちらも台湾発祥の料理でチンギス・カンやモンゴルとは一切関係のない料理である。 チンギス・カンが登場する創作作品 意外と多い。世界史においてアレキサンダー大王と並ぶ有名な征服者であり、後に広大な領土を誇る大帝国を築いた人物だからか。 また、子孫の多さから本人が登場せずとも、その末裔を名乗る人物が登場することもある。 ゲーム 蒼き狼と白き牝鹿シリーズ 日本のゲームでチンギス・カンを主人公とした作品は、と聞かれればまず挙がるシリーズ。全4作。 光栄(現コーエーテクモ)による歴史SLGで、征服した国のお姫様を後宮に囲えるという実にジンギスカニズム溢れた設定。 ただし負けると妻たちは全員攫われ、取り返すと好感度が0になって戻ってくる。そんな所までリアルにせんでも。 信長の野望 烈風伝パワーアップキット 家庭用ゲーム機版のみに登場するシナリオ「諸王の戦い」にモンゴル勢力として 子孫やマルコ・ポーロ共々ゲスト出演している。 ワールドヒーローズ 様々な歴史上の人物などをモチーフとしたキャラが登場する格闘ゲーム。 初代から彼をモチーフとしたJ・カーンという名前のキャラが登場する。 小説 蒼き狼 井上靖の小説でチンギス・カンの生涯を描いた作品。 ちなみに作者は小説を書いた時点ではモンゴルに行ったことがなかったりする。 緋弾のアリア 本作においては義経=チンギス・カン説を取り入れており、その末裔が登場する。 戦国ベースボール 蒙古の王だけに阪神タイガースかぶれなオジサン。その出自故に義経の親友という設定。 2巻『信長VS鎌倉将軍!』にて鎌倉グッドカントリーズの助っ人外人として登場したのち、13巻『VSワールドヒーローズ』で再登場した。 平安夜伽草紙 源義経妖艶伝 本作では義経=ジンギスカンというオチになっており、義経が日本でヤりまくった後、大陸でも子孫を残しまくることが示唆されている。 チンギス紀 北方謙三の小説で、少年期から始まるチンギス・カンの生涯を描いた作品。 大水滸伝完結から約20年後が舞台となっているため、大水滸伝読者からすればニヤリとできる要素も多数存在する。 漫画 王狼 三浦健太郎作画・武論尊原作の漫画作品。続編『王狼伝』も存在。 本作でも義経=ジンギス・カン説を採用しており、80年代の日本からタイムスリップした青年・伊波健吾が義経に接触してモンゴル軍に参加するのが序盤の大筋。 天幕のジャードゥーガル 『ダンピアのおいしい冒険』でも知られるトマトスープによる、実在人物ファーティマ・ハトゥンをモチーフとした漫画作品。 チンギス・カンが率いる遊牧民の軍勢が結果的に主人公シタラ/ファーティマの運命を狂わせた原因であるため、その存在は大きく描かれているが、 本作にてクローズアップされるのはその一族である息子達やその妻達であり、ファーティマが作中で接触したのは連載第7幕のラストでその姿を一瞬遠目に望んだのみで、 その直後にチンギス・カンの崩御にまで話が一気に進む。 ちなみに作中ではイメージも含めて終始後ろ姿のみで、チンギス・カンの顔は演出上一切描かれていない。 その他チンギス・カンをモチーフとしている、あるいはその血を引いている設定のキャラなど マンダリン(アイアンマン) マーベルの『アイアンマン』に登場するメインヴィランの一人。 チンギス・ハンの末裔を自称しており、古代の宇宙船から得た指輪による超能力を武器にしている。 ジンギスカンコンドル(仮面ライダーX) GOD悪人軍団のトップバッターを務めた怪人で、名前の通りチンギス・カンとコンドルがモチーフ。 チンギス・半殺し(キック・アス/ジャスティス・フォーエバー) 悪の首領マザー・ファッカーの部下。 ナポギストラー1世(ドラえもん のび太とブリキの迷宮) 名前がナポレオン+チンギス・カン+ヒトラーで顔は東条英機と(少なくとも当時の)独裁者のモチーフをこれでもかと突っ込んだデザインの、革命によって皇帝となった元発明家ロボット。 ズォーダー大帝(さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち、宇宙戦艦ヤマト2、宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち) モチーフは明言されていないが彼が統べる白色彗星帝国の銀河を移動しながら文明を 次々に攻め落とす侵略手段から指導者である彼はチンギス・カンもモチーフではないかと言われている。 追記・修正はユーラシア大陸を征服してからお願いします。 △メニュー 項目変更 この項目が面白かったなら……\ポチッと/ -アニヲタWiki- ▷ コメント欄 [部分編集] ジン♪ジン♪ジンギスカーン♪(以下ドイツ語) チンギス・ハンって本当にあんな性豪というかヤバげな奴だったのか -- 名無しさん (2020-07-25 08 44 03) あの事件によって天皇と同等の存在である事を思い知ったな。 -- 名無しさん (2020-07-25 09 16 10) あの事件ってコロコロの?そりゃ怒るだろうとしか…… -- 名無しさん (2020-07-25 10 40 47) 「袋詰めにして馬に踏ませる」という処刑方法だけど、「血を大地に垂らすのは失礼」という配慮によるものじゃなかったっけか。後にフレグが滅ぼしたアッバース朝のカリフ(イスラームにおける教皇的立ち位置)に対しても行ったはず。 -- 名無しさん (2020-07-25 10 43 51) 子孫1600万は眉唾説だろう。後、墓所の所在に関しては候補自体はほぼ絞られてるって本で読んだな(古墳と同じで発掘調査に及び腰なだけで) -- 名無しさん (2020-07-25 10 45 38) 2↑数代遡るだけでも二桁は先祖がいるんだから、徹底的に調べれば子孫1600万もあり得る。 -- 名無しさん (2020-07-25 10 55 20) まさに暴虐の覇王の貫録だな。フィクションにおけるモンゴルの狂暴性のモデルというか -- 名無しさん (2020-07-25 11 33 28) 容姿の伝承、義経と言うよりもむしろ弁慶に似ているんだよな… -- 名無しさん (2020-07-25 11 54 01) コロコロがチンギス・ハンを侮辱したこと一生許さないわ、 -- 名無しさん (2020-07-25 11 55 25) 今はゴーストオブ対馬で蒙古ブーム来てるな -- 名無しさん (2020-07-25 12 58 34) 最近になって校長という新興勢力に敗れ去ったという -- 名無しさん (2020-07-25 13 30 42) ノストラダムスの予言の大王の正体がチンギスハンレベルのモンゴルの王が現れるって説があるくらいには西洋では恐れられてたそうな -- 名無しさん (2020-07-25 13 38 09) 自分に矢を当ててきた敵兵を殺さずに腕をみこんで味方に引き入れたとか懐が深い話を聴いたけどなんだったかな -- 名無しさん (2020-07-25 17 32 37) ↑恐らくジェベのことではないかと思われます。ある戦が終わった後にチンギス・ハンの前に現れて自身が狙撃し、矢を当てたことを告白したところチンギス・ハンは処刑するのではなく寧ろその高い腕を認めて誘いをかけ、自軍に引き入れたと言われています。 -- 作成者 (2020-07-25 17 45 39) でも例の『元朝秘史』ってどこまで史実に忠実なんかねえ…ホラズム事件だって本当にあちら側に責任があったのかどうか… -- 名無しさん (2020-07-25 20 17 01) 幼名テムジンと聞いて「GetReady」のあのシステムボイスとBGMが頭で思い浮かんだのは俺だけでいい。 -- 名無しさん (2020-07-25 20 56 54) 例の歌の和訳を見た時は魔王の歌やんけ・・・・・・と唖然とした思い出 -- 名無しさん (2020-07-25 21 44 05) つか、モンゴルでは現在でも神同然に崇拝され、慕われてるぞ -- 名無し (2020-07-25 22 18 21) 立て主にはモンゴル帝国や元寇の項目も是非作って欲しい -- 名無し (2020-07-25 22 19 44) 当時のことはよくわからんが、昔戦ってた相手のところに一人で水もらいにいく父ちゃん不用心すぎない? -- 名無しさん (2020-07-26 01 24 54) 天地創造というゲームには金持ちのテムジンというやつがいたな。モンゴル辺りのロウランに出てくる -- 名無しさん (2020-07-26 08 53 12) ここの記事見て思ったんだがモンゴル軍の虐殺ってチンギスよりそれ以降のほうが酷い気がしてならん。ホラズムと西夏が壊滅したのは知ってるが、それ以外はどうだったんだろ -- 名無しさん (2020-07-26 09 09 02) ギャグマンガ日和に出てきて欲しいと思ったけど、怒られるから出せないのかな? -- 名無しさん (2020-07-26 20 15 59) ↑2有名どころではホラズム王国の首都で当時中央アジアで最も繁栄していた都市であるサマルカンドの住民が皆殺しにされ廃墟と化した。現在のサマルカンドは後にティムールが再建したもので位置も微妙にズレているため厳密には別の都市 -- 名無しさん (2020-07-27 02 43 11) 宗はあるのにモンゴル帝国の記事ってないんだな…同時代で日本での知名度も負けてないのに -- 名無しさん (2021-03-09 23 04 31) 「男の最大の快楽」の逸話、『蒼天航路』版董卓を地で行くような言葉だな……。「例え自らにとって益となるとしても裏切りは心底忌み嫌った」辺りも「自身を敵視し否定的な立場を取りながらも信念と能力のある人物は認める」と思えば近いし -- 名無しさん (2021-08-18 17 58 44) 記事の内容を更新した者です。モンゴル帝国の記事は是非とも欲しいし、できるなら作ってみたいとは思うのですが、モンゴルに関しては取り扱う範囲があまりに広く量も膨大になってしまい、また近年の研究でだいぶ見方も変わってきているため、作成は至難の業ではないかと思ってもいます。 -- 名無しさん (2024-04-12 10 35 49) 昔、時空警察というドラマでまぁトンデモドラマの類だが、「義経=ジンギスカンは真実!」って明言しちゃってて当日学生ながらもオイオイオイ!?って突っ込んだ覚えが。 -- 名無しさん (2024-04-16 19 34 04) 「不老不死の秘術はあるかな」「そんなもん無いけど長寿の秘訣ならあります」で全真教を認めたエピソードがすごく好き -- 名無しさん (2024-05-25 00 52 44) 名前 コメント
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この記事は、クリエイティブ・コモンズ・表示・継承ライセンス3.0のもとで公表された日本語版ウィキペディアの項目「チンギスハーン・蒼き狼と白き牝鹿IV」を素材として二次利用しています。 チンギスハーン・蒼き狼と白き牝鹿IV 【ちんぎすはーん あおきおおかみとしろきめじか ふぉー】 ジャンル 歴史シミュレーションゲーム 対応機種 Windows 95~XP(PKはWindows 2000まで)プレイステーション 発売・開発元 光栄 発売日 【Win】1998年4月3日【PS】1999年2月25日 定価 【Win】11,800円【PS】7,800円(各税別) 廉価版 【PS】KOEI The Best 2000年7月19日/2,800円【Win】コーエー定番シリーズ 2002年6月14日/1,980円【PS】コーエー定番シリーズ 2003年5月22日/1,500円【Win】Quality イチキュッパ 2005年7月8日/1,886円(各税別) 判定 良作 蒼き狼と白き牝鹿シリーズ初代 / ジンギスカン / 元朝秘史 / IV コーエー歴史SLG作品 概要 シナリオ 特徴 評価点 賛否両論点 問題点 パワーアップキット版 総評 余談 概要 『蒼き狼と白き牝鹿』シリーズの4作目。 これ以降、現在に至るまで『蒼き狼と白き牝鹿』シリーズの新作は発売されていないため、事実上のシリーズ最終作となっている。 ゲーム内容としては、全国家でのプレイが可能となり、登場する実在人物(将軍)も大幅に増加 将軍の能力値は政治・戦闘・知謀という3つの100段階数値、歩兵・騎兵・弓兵・水軍という兵科適性としての4つのランクがSからEまである。 これまでのシリーズに比べて、6種類の内政特技および6種類の戦闘特技の有無という細かいパラメーター設定になった。 また、全ての都市に将軍単位でプレイヤーが命令できるようになったことに加え、世界を1枚のマップで表現し、その上を各将軍率いるユニットが移動して内政や戦闘を行う(*1)という、いわゆる箱庭内政システムが導入されている。 総じて前作までとはかなり毛色の違ったゲームに感じられるが、世界を舞台としたスケールの大きさ、各地に実在の国家や人物が多数登場すること、国王の血縁者の重要性、文化圏の概念など前作までの特徴も色濃く引き継いでいる。また、前作までは歴史イベントも存在しなかったが本作ではいくつかの国に盛り込まれている。 Win版は2002年より廉価版「コーエー定番シリーズ」の1つとしても販売されていたが、2005年にコーエーからの販売を終了し、以後はソースネクストより廉価版「Quality イチキュッパ」で販売された。それとほぼ同時期にダウンロード販売も開始された(*2)。現在はいずれも販売を終了している。 シリーズとしては初めて拡張ソフトの「パワーアップキット」(以下「PK」と略)が1998年12月23日に発売された。 2005年に無印とともに販売終了となり、現在は絶版。無印と異なりソースネクストからの廉価版は発売されなかった。 PKは「Quality イチキュッパ」のパッケージ版に適用できるが、ダウンロード版には適用できない。Windows XPでの動作保証も無印に対してのみ(*3)でPKにはされていない。 PS版は、PKで追加されたコマンドやイベントの一部が導入されていたり、一部の将軍の能力値が見直されている。 「隊商」に将軍が必須となったり、妃との「宴」の演出が変更されている。ただしハードの容量の問題か、シベリアや北アフリカ以南がかなり削られるなど世界マップが小さくなっている。 また、徴兵の仕方が大きく違っている。 シナリオ 無印はシナリオ2本 モンゴル・鎌倉幕府・南宋・アイユーブ朝・ビザンツ帝国・フランスなどの国から自分の担当する国家を選ぶ(最大8ヶ国)。国によっては特殊なオープニングイベントがある。 シナリオ1「草原を駆る狼」 1189年、チンギス=ハーンが大ハーン位についた直後(第一次即位)。本作ではモンゴル編・世界編の区別は無く、最初から世界を舞台としている。 シナリオ2「蒼き狼の末裔たち」 1271年、前作「元朝秘史」のシナリオ3に相当。フビライ=ハーンの治世。 特徴 一枚マップで行われ、戦略自由度が増したシミュレーション 本作では国・地域単位で軍を動かすのではなく、将軍単位で兵を率いるようになった。 前作までの国(都市)そのものを巡る攻城戦だけでなく、そこに至るまでに野戦が行われることがあるのも大きな変化である。 また内政面も前作までの国単位・地域単位から都市単位となり、内政はいわゆる「箱庭内政」となっている。すなわち都市の領域内の升目に任意に各種施設を建設し、街づくりを進めていく形式である。 街道の有無で移動範囲が大きく変わる。他の都市と交易をするためには、街道や港で自国の都市と繋がっていなければならず、街道や港の建設は軍事活動と併せてとても重要になる。 文化を重視したテーマ 本作のキーワードは「文化の交流と発展」と言え、前作同様に文化圏によって扱える兵科や有利な内政方法などが異なるが、支配範囲を拡大しつつそれぞれの文化を交流させ、各地の文化の良い部分を取り入れていくといったイメージである。「交易」や「文化アイテム」といったもので文化の交流と発展を表現している。 また、文化圏による国王と将軍の相性の良し悪し(*4)があったり、将軍の出身文化圏によって兵科の相性が存在する(*5)。 都市には「文化アイテム」とよばれるものがある。敵国の都市を攻略するなどしてこれを入手すると自国の全ての都市の文化が上昇する。「チャンパ米」や「朝鮮人参」のように特殊な効果をもたらすものや、「クロスボウ」や「震天雷」のように兵科の編成に必要なものもある。その他に外交の手土産にして他国との友好度を上げるために用いることも可能である。 文化アイテムを他国に渡したり、自国都市を奪われて文化アイテムを保有する都市がなくなっても一度入手した文化アイテムは消失しない。 文化アイテムの主な入手法は他国の都市の攻略であるが、首都の特定の文化レベルが必要値以上であれば毎年夏に一定確率で開発されることがある。 ただし、開発には特定の文化アイテムが必要となる(*6)場合やキーパーソンとなる特定の将軍がいなければならない場合がある。 また、間諜ユニットが他国の都市の破壊を成功させた際に文化アイテムを入手したり、文化アイテムを獲得するイベントが設定されている場合もある。 なお、そのシナリオに登場するすべての文化アイテムを入手すると、イベント「ルネサンス」が発生し、首都の文化レベル・備蓄金・備蓄兵糧・防御度と全配下将軍の忠誠度がすべて最大になる。 各都市には農業・牧畜・武器・戦術・航海・建築・学術・芸術・医術・工芸という10種類の文化の発展の度合いが「文化レベル」という数値で表されており、各文化に関連する施設(例えば農業文化なら田畑)を都市の領域内に建設していくことで文化レベルが上昇していく。また各都市で産出される特産品を各都市間で交易することによって都市同士を互いに文化交流させ、文化レベルを高い都市から低い都市へ伝播させていくという方法も取れる。文化レベルを上昇させることによって収入が増える、その都市所属の軍隊の強さが向上する、能力の高い将軍が登用される確率が高くなる、生まれてくる国王の息子の能力が高くなる、新たな兵科が開発されるなど様々な効果が得られる。なお、あまりに文化レベルが低い場合(20未満)は、それに関連する施設の建設自体が不可能である。 重視される血縁者 血縁者は前々作『ジンギスカン』・前作『元朝秘史』に引き続き本作でも重要な要素となっている。 例えば国王が寿命や戦争によって死亡した場合に血縁者がいないと即ゲームオーバーになるが、血縁者がいれば国王が死亡しても彼らのうち1人を後継者としてゲームを続行できる。 また、王族将軍(国王の息子や父親など)・親族将軍(国王の兄弟や叔父など)・婿将軍(国王の娘と婚姻した将軍)は率いることのできる兵士数が一般の将軍よりも多いため戦闘において有利であるし、身分が高いということで外交の使者としても有利である。 本作では将軍の忠誠度が数値で表されているため、これを管理することによって非血縁の将軍でも前々作や前作と比べて叛乱や離反の危険性は低くなっているが、前作までにあった「国王の血縁将軍は絶対に裏切らない」という特徴は無くなり、忠誠度が低ければ婿将軍のみならず国王の息子でも離反の可能性がある。 前作までは国王が死亡した場合に後継者となれるのは国王の息子のみであったが、今作では親族将軍も後継者となれる上、一般の将軍でも婿将軍にすれば国王の後継者になれる(*7)という点は大きな変更である。 宴 「宴」では妃(将軍)と会話をして好感度(忠誠度)を上げることができ、好感度が最大に達すると妃が夜這いを仕掛けてくることがある。最大8人の妃を呼べる。ちなみに一晩で8人の妃と順々に寝ると、国王が腰痛を訴える。 ちなみに国王が死亡すると後継者は妃をそのまま引き継げない(遊牧民には後妻と結婚する風習があるが)代わりに、同じ地域・文化傾向の別の妃が自動的に加わる。 そうして上手くいくと次のターンで妊娠し、貴重な跡取りができる。子供が少ない時の方が、妃の懐妊率が高い。 また、「春」は懐妊率が高い。文化アイテム「朝鮮人参」も懐妊率をアップさせる。 PS版の場合、「宴」の場面でR2+L2同時押しして話を聞くと妃からのクイズが必ず発生する。クイズに正答すると一気に好感度が最大になり、必ず夜這いを受けることになる。 王子の能力や技能は国王のそれと誕生した都市の文化レベル、妃の文化傾向に左右される。 都市 交易や内政、文化アイテムの入手によって特定の文化の値が100以上(最大200)で、かつ世界一の都市にはその文化に応じた称号がつく。 + 長いので省略 穀倉の都(農耕) 田畑からの収入が2倍になる。旱魃や寒波による凶作にならない。 牧童の都(牧畜) 牧場からの収入が2倍になる。旱魃や寒波による凶作にならない。騎馬適性の高い将軍が加わりやすく、将軍の騎馬適性が上昇することがある。この都で生まれた子供の騎馬適性も高くなりやすい(*8)。 武器の都(武器) 軍隊の攻撃力が大きく上昇する。弓兵適性の高い将軍が登場しやすくなり、生まれた子供の弓兵適性も高くなりやすい。所属する将軍が特技「連射」を獲得することもある(*9)。 軍人の都(戦術) この都市に所属する軍の士気が最大となり、徴兵できる兵士数が2倍になる。戦闘能力に優れた将軍が登用できるようになる。歩兵適性が上昇したり、特技「伏兵」を習得する場合がある。生まれた子供の歩兵適性が高くなりやすい。 水の都(航海) 海上ユニットの移動力が2倍になり、ユニットが遭難しなくなる。将軍の水軍適性が上昇することがあり、登用した将軍や生まれた子供の水軍適性が高くなりやすい。 建築の都(建築) 災害によって施設が破壊されなくなる。また、「建築の都」の効果ではなく建築文化の影響によるものだが、施設の建設が短期間で済むようになる。 学問の都(学術) 政治・知謀能力に優れた将軍が仕官し、この都市で生まれた子供の能力も同様の傾向を示すようになる。所属都市の将軍が特技「外交」を習得することがある。なお、「学術」の高い都市は全般的に優秀な将軍が登場しやすいため、結果的にオールマイティーな能力の将軍が仕官・誕生することが多い。 芸術の都(芸術) 施設からの金銭収入が2倍になる。この都市に所属する将軍の忠誠度が下がらなくなる。 医術の都(医術) 疫病の被害を受けなくなり、負傷兵が1ターンで全員回復する。Win版では妃の懐妊率が100%になるが、PS版では懐妊率が上昇するのみにとどまる。これも「医術の都」の効果ではないが、「医術」の高い都市では将軍が病死しにくくなるため、将軍が長生きする。 工芸の都(工芸) 特産品の収入と交易での金銭収入が2倍になる。 また、「移住」コマンドで任意の場所に新たな都市を作ったり、PKおよびPS版の場合は「廃都」コマンドで都市を消滅させられるのも大きな特徴であり、戦略的にも大きな意味を持つ。なお、移住で新たに興った都市の文化レベルは移住元の都市の半分となるため、移住先の都市では前述した様に一部の施設の建築ができなくなる場合がある。 前作よりも戦略性が増えた戦争 前作よりも兵科の種類も増加し、将軍の兵科適性や特技の有無、攻城戦か野戦かによって、どの兵科を率いさせるのが有利か変わってくる。 兵科は大雑把に分けて歩兵・騎兵・弓兵・弓騎兵・兵器に分類される。 編成には都市の文化とアイテムによって決定されるが、自国都市間で街道や海路がつながっていればどこでも自由に編成できる。 たとえば、ヨーロッパとバグダードが自国のものとなっており、街道・海路がつながっていれば日本でも「騎士」や「アサシン」を編成できる。 ただし、文化アイテムを必要とするものはアイテムを所有する国であれば、街道・海路の有無にかかわらず編成可能である。また、「僧兵」や「長槍兵」のように特定の将軍が率いると攻撃力が2倍になる兵科が存在する。 兵科 歩兵 軽歩兵・重歩兵・長槍兵・僧兵・バイキング・アサシン・十字軍がある。軽歩兵は全都市で徴用できるが、他は文化圏や文化アイテムによる。 特技「伏兵」があれば隠れたり、「城攻」で城壁を乗り越えることも可能。アサシンは「伏兵」が無くとも伏兵可能な上に将軍を直接殺害する「暗殺」を行うことができる。なかなか攻略できない国には戦闘能力の高い将軍を間諜で放ち、「暗殺」するという手もある。 通常の攻撃力は騎兵に比べて低いが、二部隊以上で敵を包囲すれば強力な「一斉攻撃」が可能。バイキングは海上での攻撃力が上昇する。 また、城門や宮殿の破壊力が高く、アイテムによってはクリティカルヒットすることもある。 騎兵 槍騎兵・突撃騎兵・騎士・駱駝兵・象兵がいる。 編成には都市の支配領域内に特産品の馬、駱駝、象のいずれかがあることが必要条件となっている。 編成できる種類は文化に左右される。攻撃力・機動力が高いが、城門・宮殿への攻撃力は低い。 操作不能になり、敵味方関係なく突撃してしまう「暴走」状態になることもある。しかし、攻撃力が高く敵部隊を混乱・暴走させやすい「突撃」を行うことができる(将軍が特技「突撃」を持っていればさらに効果的)。攻撃回数はすべて1回。 駱駝兵は砂漠での戦闘に真価を発揮するが、イスラム文化圏出身の将軍でなければ攻撃力が落ちる。象兵は最強の攻撃力を誇るが、インド文化圏出身の将軍でなければ力を十分に発揮できない。 弓兵 短弓兵・長弓兵・弩弓兵がある。短弓兵は全都市で編成できるが他は文化アイテムが必要。 直接攻撃力は低いが投射攻撃力は高い。短弓兵に比べ、長弓兵・弩弓兵は射程が長い。他方、短弓兵は2回攻撃ができる。 弓騎兵 軽弓騎兵・狩猟騎兵・武士・蒙古騎兵がいる。編成は特産品として馬を産出する都市でのみ可能。 軽弓騎兵は西アジアや北アフリカ、武士は日本、蒙古騎兵は蒙古、狩猟騎兵は中央アジアや東欧などで編成できる。 高い機動力・攻撃力・弓攻撃力に加え2回攻撃が可能。騎兵と同様に突撃ができるが、城門・宮殿への攻撃力は低く、暴走することもある。 兵器 投石器・火砲兵・火炎放射器・攻城塔がある。 編成にはいずれも文化アイテムを必要とする。直接攻撃力・機動力は低く、海上では特殊攻撃はできないものが多いが攻城戦では極めて強力なユニットとなる。 投石器は投射攻撃力が非常に高く、敵を混乱させて行動不能にしやすい。射程も長く全ての障害物を越えて攻撃できる。 火砲兵は投石器の特徴に加えて部隊に火災を発生させる上、より混乱・暴走させやすいが雨が降ると攻撃できなくなる。 火炎放射器は直接ダメージを与えられないが、直線上全ての敵部隊と施設を炎上させる。また、海戦でも使用可能。 攻城塔は城壁の外から矢を放つことができ、射程も普通の弓より長いが、野戦・海戦では短弓兵として扱われる。 将軍 史実将軍以外にも「登用」コマンドの実行や国王の息子の誕生によって架空の将軍が無数に登場するようになっている。 ただし、内部データではゲーム全体での将軍の数には上限が設けられている(最大500人)。 モンゴル帝国に能力の高い将軍が多いが、モンゴルからの侵攻を撃退したり、激しく抵抗した将軍の能力も高く設定されていることが多い(*10)。 先述した通り、忠誠度の低い将軍一人を自都市のいずれかに配置したままにすると都市ごと他国に寝返ったり、反乱を起こして独立したりする。また国王の代変わりによってはそのタイミングで反乱を起こすことも。 忠誠度は「略奪」コマンドを実行すると下がるが、蒙古文化圏出身の将軍は略奪をしても忠誠度が減らない。 忠誠度を上げるには、「宴」に呼んで会話することが効果的。 評価点 貴重な12世紀~15世紀を舞台にしたゲーム シナリオ1では以前と同様モンゴルの部族争いにスポットを当て、また主役であるチンギス=ハーンことテムジンにまつわるエピソードをゲームシステムに取り入れている。 今作はそれだけでなく主役級のモンゴルをはじめ、源頼朝・義経兄弟、ムハンマド・ジャラール親子、サラディンにフィリップ2世、リチャード1世と英雄オールスター達の様々なイベントも増えて12世紀という世界史上でも激動の時代を表現している。 また全国家でのプレイが可能になったため、南宋や弱小国家でプレイすることも可能になった。 1枚マップで行われる広大な戦略 世界が1枚マップなのでその上をどう進行していくかも自由であり、戦略性・戦術性ともに大きく向上している。 リアルタイムに進んでいき、各国家が行動しあう舞台は正に世界を視野にしているチンギス=ハーンの視点そのもの。 また世界はモンゴル高原からは遠く、幾つもの国、民族を征服してからでないと辿り着けないため、ユーラシア大陸の広さを実感できる。 宴 これまでのシリーズの大きな特徴であった「オルド」は「宴」として、配下将軍の忠誠度を上げる作業と同時に実行されることとなり、前作に比べると非常に簡略化されている。 後に発売されたPS版はWin版に比べると演出が多少強化されている。 戦って勝った国王や婿将軍の妃を自分の妻妾にできる(当時モンゴルで行われた略奪婚を再現している)。 妃の顔グラフィックは美女ぞろいでレベルが高いものが多く、東西の美女を侍らしハーレムを作り上げる事もできる。 後継者選び 後継者選びも『信長の野望』シリーズや『三國志』シリーズではあまり重視されない要素であるが、今作はかなり重要。長男などの穏当な息子を選んで謀反が出にくいようにするか、武闘派の血縁将軍を選んで謀反に対応できるようにするなど、他のシリーズと違う戦略性が出てくる。 歴史上の人物と同じように後継者選びを体験できる点が評価されている。 ちなみに後継者が確定した時点で、他の妃の王子は全員在野となり、「登用」を行うか、自ら仕官するのを待つしかない(自国に登用すると親族将軍になる)。なので、気づかずにいると他国の将軍になっている可能性もある。 賛否両論点 一部の兵種が強すぎる まず、蒙古騎兵。野戦は、連射のできる将軍に蒙古騎兵を率いさせ、敵の第一部隊を集中攻撃すれば、こちらは無傷で勝てる。 そのため、プレイヤーによっては戦術の底が浅いと思うことも。 しかし蒙古騎兵は地上戦において当時最強(*11)であり、これはこれでリアリティがあると言えばそうである。 攻城戦では火砲兵が尋常でなく強い。射程と遠距離攻撃力は件の蒙古騎兵よりもはるかに長く、投石機並み。その上、高い混乱発生率(行動不能)・火災発生率(行動不能の上暫くの間兵と士気が減り続ける)を誇るため(*12)、攻城戦では火砲兵とその護衛さえいればあっさり完勝可能。低能力の将軍でも混乱・火計要員として使えるため、攻城戦も作業と化す。敵が迎撃してきたならまだしも城の中に引きこもってくれれば、普通に0ダメでの完勝である。 攻城戦では半ばチート的な性能だが、金ではゲーム開始時から編成可能。南宋などの周辺国でも金を落とせば編成可能になるため、序盤から登場させられる。反面、ヨーロッパなどの西方では入手困難。 一応、近接攻撃力と機動力がほぼ最低、雨では使えないという欠点もあるので、他の部隊で護衛する・野戦は避ける・街道を敷くといった運用面の工夫は必要だが、それを差し引いても強い。 舞台の壮大さ 以前のシリーズの魅力が強化された。この広大な舞台は『信長の野望』『三國志』とは異なる大きな魅力である。 国ごとの特産品やBGMも、様々な文化があるという視点を同じ施設でもグラフィックが異なったり、象兵や駱駝兵など個性豊かな兵科によって表現している。 また世界征服には街道を整備したりすると何年もかかるため、何世代に渡る戦いになり受け継がれる夢を引き継ぐ面白さもある。 だが一方で世界が広すぎて、一つの地域を制覇しただけで飽きやすいという意見もある。また後半のイベントの少なさがそれに拍車を掛けている。 問題点 編成できる兵士の数が少ない。 国王・王族将軍で最大5000、親族将軍4000、他が3000と「表示」されており、『信長の野望』『三國志』と比べてもかなり少なめ。 そのため、せっかくのスケールの大きい舞台なのに小さく感じる。ただの気分の問題と言えばそうであるが。 また例えば、ホラズム征服においてモンゴル軍は一説によれば20万人が参加したと言われるため史実通りの人数を扱えないという問題点もある。 一応補足しておくと、コーエー作品には煩雑にならないように兵力という形で単位を少なくしている作品(*13)もあるので今作でも実は実兵士数に換算すると10倍位いると判断すれば辻褄は合う。何倍相当の人数がいると脳内妄想するかはプレイヤー次第である。 また、当時の戦争では参加した兵士全員が純戦闘員という訳ではなく一般人もかき集めて作業員や兵站要員といった後方支援として運用し、それらを引っ括めて全兵力として見ていたので実際の「戦闘に従事する者だけ」という括りで見れば乖離はしていないという見方もできる。 史実将軍が少ない等、歴史の再現性が低い。 さすがに実在の人物が0という地域は無いものの、同時期の同社作品と比べると、『信長の野望 将星録』の登場武将が700人、『三國志VI』が520人に比べてこちらはPK版を含めても530人強。しかもそれらがユーラシア各地に散らばっている上、各シナリオ間に共通して出てくる将軍がごく少数(*14)ため、データ上の数字以上に史実将軍の少なさを体感することになる。 一方で「登用」コマンドの実行や国王の息子の誕生で架空将軍はどんどん増えていくため、プレイのかなり早い段階から架空将軍がほとんどを占めるようになる。文化レベルの発展もあいまって、中盤以降は能力値90を超える優秀な史実将軍以外はほとんど架空将軍に埋もれてしまうケースがよく見られる。 また前作ほどではないが、架空将軍の名前がランダムな文字列に特定の語尾をつけたものになっている地域も残っている。 各地域の国王の血族も用意されていてもせいぜいその次の世代で、場合によっては登場すらしていない(例えば源頼朝の息子の頼家・実朝兄弟等)。そのため史実の血縁将軍の継承はCOM国家では序盤以外はあまり期待できず、中盤以降は架空将軍が後を継ぐケースが多い。おまけに優秀な架空将軍がいない場合には文化人が国王になる(例えばベネチア統領がマルコ=ポーロになる)など不自然な事が頻出する。 舞台のスケールの割に肝心のマップがそんなに広くないため、ウィーン(*15)や琉球王国(*16)など省かれた都市や国家がある。 また、前作までのモンゴル編で登場したタイチウト・ジェルキンなどの諸部族(*17)や、世界編で大越と連合を組まされていた(大理大越連合)大理は影も形もなくなった(*18)。 都市が多いヨーロッパや東アジア及び資料がほとんどないシベリアはともかく、インドや東南アジアは広大でそれなりに都市が置けるにもかかわらずスカスカになっている。 ただしこの点については、COMに都市を作らせるとほぼ現実通りの場所にそれに応じた都市名をつけるため、調査不足というよりも意図的にスカスカにしていることが窺える。実際、公式ハンドブックでも「(街道の少なさは)史実の南・東南アジアが群雄割拠の状態にあったことをあらわしているのだろう」と記されている。 これら歴史再現度の低さは「自分で好きに血族を作り、各地に都市をつくって開拓してほしい」という意図を感じはするものの歴史ゲームとしては不満の残るものになってしまった。 史実同様の血族がでてきてもプレイヤーが継がせなければいい話であり、都市についても潰せばよいという話になってしまう。 この他、極めてマイナーな部分ではあるが、「シナリオ1と2のカスチラ王国国王の妃が史実ではどちらも血族(娘と異母妹)」になっているといった仕様(ミス?)や、史実の血縁関係が再現されていないといった事例も散見される。 また4行ある列伝も、(時代を考えればやむを得ないものの)国内でマイナーな人物になると役職しか書かれていない事も多く記述に苦労した様子が見える。 再現したいのは誰の生涯? 今作は架空王子の能力が生まれた都市の文化に大きく左右されるシステムにより、文化レベルの高い都市から国王はあまり離れない方がよくなった。このため、生涯の多くを戦場で過ごしてきたチンギス=ハーンといえども、文化レベルの高い都市を征服した場合にはそこでひたすら宴ばかりを担当するようになる。 結局、自らは首都を離れず、部下・親族たちを上手く配置・活用することで大帝国にしていったオゴダイ=ハーンの生涯を再現するのが最適解となってしまった。 CPUが作る新都市が邪魔。 戦略面でも内政面でも意義を感じにくい場所に新都市を作ることもしばしば。 文化レベルが高ければまだ許せるが、たいていの場合は必要最小限の施設建設すらおぼつかない都市ばかりだったりする。その上、Win版無印では邪魔になっても廃都できないので、能力の低い将軍の「配流地」にしかできないという事態になることも。 都市開発が好きな内政マニアからすれば厄介事を増やされるような印象しか受けない。 解決策としては、1ターンごとにCPUが移住ユニットを出していないか監視し、確認した場合リセットする。または軍隊を繰り出して攻撃することで新都市建設を邪魔できる。 スキップ機能が不十分。 一応スキップ機能があるが、それでもかなり遅い。その割にイベントで停止するといった事はできないので、イベントも早送りになってしまう。 希によく発生する台風のエフェクトも相当に長い。 インターフェイスの弱さ ミニマップのドラッグにメインマップが追従しない、ツールバーの場所を記憶してくれない(ゲームを起動するたびに設定する必要がある)、交易部隊の編成がひたすら面倒など。 パワーアップキット版 パワーアップキット(PK)版の追加要素は以下のとおり。 シナリオの追加 新シナリオ1「群狼たちの咆哮」 1229年、チンギス=ハーンが没し、オゴタイ=ハーンが即位した直後。バトゥやモンケらが中心。オゴタイの顔グラフィックがシナリオ1から変更されているほか、シナリオ1から引き続いて登場する一部の将軍の能力が上昇している。シナリオ2の中心人物である文天祥やバイバルス、シャルル1世などは待機状態。日本(鎌倉幕府)では執権の北条泰時が国王として扱われている。 新シナリオ2「西域よりいづる狼」 1370年、中央アジアでティムールがティムール帝国を建国した時代。元はトゴン=テムルの治世であるが、明に中国を追われてモンゴル本土のみを支配。英仏は百年戦争、日本は室町幕府の足利義満の時代。ポーランドや高麗などの従来の弱小国家にも有力な国王・将軍が登場していることがあり、これまでのシナリオとは異なる感覚でプレイできる。 それに伴い史実将軍が新規で多数追加され、新シナリオ用の歴史イベントも用意された。 コマンドの追加 廃都(すでにある都市を消滅させる)・譲位(国王の生前に王位を息子に譲る)といったコマンドが実行できる。 「譲位」コマンドで任意の時期に世代交代ができるため、若い国王にすることによって子供の誕生確率を上げることができるほか、国王死亡による王位継承に比べて代替わりによる配下将軍の忠誠度低下・離反に対する対策が立てやすい。ただし、譲位できるのは息子に対してのみで、孫や父親などの王族将軍・親族将軍・婿将軍に対しては譲位できない。 ちなみに、譲位した元国王は王族将軍扱いになり、今までいた妃もそのまま。 施設の追加 街道と重なる部分以外で軍隊ユニットが通過することができない「防壁」を建設できる(*19)。 兵科の追加 新シナリオ2において歴史イベントが起こると、新兵科「ガーター騎士」が徴兵できる。 ガーター騎士は通常の騎士よりも強力だが、西欧文化圏出身の将軍でなければ攻撃力が落ちる。 「新国王」でのプレイが可能 シナリオ開始時にマップ上の任意の位置に新たな都市および国王・配下将軍(最大3人まで、息子にもできる)を配置してその国でのプレイが可能。同時に最大3ヶ国まで作成できる。迷った人・わからない人のためのチュートリアルも作成開始時にあるので、初心者も安心。 プレイヤーは多分一度は蝦夷地プレイをしているだろう。また、他国家が近くにない(=攻め込むのも一苦労)カリマンタン島プレイ・サハラ砂漠のど真ん中プレイ、大国の狭間にある恐怖の山東半島プレイも面白い(*20)。 年表機能の追加 ゲーム開始から起こった出来事が自動的に記録されていくほか、歴代国王の能力・戦績評価に加えて、将軍数や文化レベルの合計などを元に算出された国力の推移がグラフで記録される。テキストファイルにも出力可能。 なお、この年表データが追加されたことにより、PKでは無印からのセーブデータを引き継ぐことができなくなっている。 王子が誕生した際に、王族・親族将軍を王子が成人するまでの「教育係」とすることができ、能力や技能に補正がかかるようになっている。 無印でも王子への教育イベントはあり能力補正もある。ただし指名は出来ず、イベント発生時に有能武将が首都にいないといけない。さらに教育係がロクでもないことを吹き込むことがあり、「おやおや、信じてしまわれたか」などと発言し、教育が失敗することもある。 残念ながら同時期のゲームにあった各種エディタ機能はない。 武将エディタ機能があれば自動生成された架空将軍を史実将軍に修正することができたのだが… 将軍や妃の顔グラフィックのみ変更可能。 総評 『蒼き狼と白き牝鹿』シリーズは『信長の野望』『三國志』と並ぶ、当時の光栄の「歴史三部作」の一角を担っていた作品で、特に今作は力を入れていただけあって非常に良く仕上がっている。 前作よりも強化されたプレイの自由度は高く、自由な戦略と様々な戦術を考案したり、実行できたりできる。 またオルド、後継者など他のシリーズには無い部分の戦略もあり強化され、非常にオリジナリティ溢れる物になった。 他の2つに比べてコアなファンが少ないからか、本作でシリーズが打ち切りになってしまったのが非常に残念に思うプレイヤーが多い。 余談 この時期が丁度「光栄」から「コーエー」への社名変更の時期にあたり、Win版無印は「光栄」名義で、PK・PS版は「コーエー」名義で発売された。 Win版(PK含む)/PS版ともにプレミアがついており、中古市場でも高価で買い取られる一品でもある。
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ジンギスカン チンギスハーンの別名。
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蒼狼の覇者チンギス・ハーン 水 スーパーレア (7) 10000 サムライ/ナイト/オリジン ■進化V-自分のオリジン2体を重ねてその上に置く。 ■バトルゾーンにある自分のクリーチャーは名前に《蒼狼》を追加し、種族に《オリジン》を追加する。 ■自分のオリジンが攻撃した時、自分の山札の上を表向きにする。それがクリーチャーであればこのクリーチャーの下に置く。そうでなければ、裏向きにして山札の下に置く。 ■オリジナルメテオバーン15 このクリーチャーが攻撃する時、このクリーチャーの下にあるカードを15枚選び、山札に加えてシャッフルしてもよい。そうした場合、相手は自分のバトルゾーンとマナゾーンとシールドゾーンから各5枚選んで手札に戻し、その後、自分の手札を山札に加えてシャッフルする。 ■W・ブレイカー F 急速に成長を遂げた者は、急速に滅びの道を歩む事になる。だが、因果一門の場合にはオリジンを取り込んだのが間違いだったのだ。――ブラックロス卿 作 楼砂 関連 蒼狼の始祖ツクヨミ 因果騎士ペペーロⅤ世 黎明の一撃 評価
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シナリオ攻略シナリオ1シナリオ1 モンゴル
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【クラス】ライダー 【真名】チンギス・ハン 【出展】史実(11世紀・モンゴル) 【性別】男性 【身長・体重】186cm・81kg 【属性】混沌・悪 【ステータス】筋力C 耐久B 敏捷A 魔力C 幸運A 宝具A++ 【クラス別スキル】 対魔力:D 一工程(シングルアクション)による魔術行使を無効化する。 魔力避けのアミュレット程度の対魔力。 騎乗:A+ 騎乗の才能。獣であるのならば幻獣・神獣のものまで乗りこなせる。ただし、竜種は該当しない。 【固有スキル】 カリスマ:A 大軍団を指揮する天性の才能。 Aランクはおおよそ人間として獲得しうる最高峰の人望といえる。 チンギスのカリスマは「この者と一体となりたい」という魅力を相手に与える。 軍略:B 一対一の戦闘ではなく、多人数を動員した戦場における戦術的直感力。 自らの対軍宝具や対城宝具の行使や、逆に相手の対軍宝具、対城宝具に対処する場合に有利な補正が与えられる。 騎乗の蹂躙者:A 遊牧の民であるチンギスは馬の上でこそ真価を発揮できる。 騎乗中の間、全てのステータスと判定に有利なボーナス補正を与える。 神性:C 神霊適正を持っているかどうか。 神である蒼き狼と青白き鹿の遠い末裔。 その血は殆ど薄れていたが、チンギスは先祖返り的に一部を取り戻している。 また死後帝国では神として讃えられている。 文明侵食:EX 手にしたものを自分にとって最高の属性に変質させる。 最高とは「優れている」意味ではなく、チンギス本人のマイブーム的なものを指している。 世界最大の侵略者であるチンギスはこのスキルを意図的に発動できる。 【宝具】 『四駿・蒼魄具足(ノコル・ドルベン・クルウド)』 ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:1~5 最大捕捉:20人 『四狗・白魂牙鏃(アルギンチ・ドルベン・ノガス)』 ランク:A 種別:対軍宝具 レンジ:1~50 最大捕捉:200人 チンギス・ハンの側で絶えず潜む八つの影。 影ごとに役割が異なり、主の護衛と攻撃を担う。 『四駿』は王の危機を自動で察知し、防具となってその身を守り、 馬の魔獣として実体化することで王の騎乗物となり戦場を自在に駆ける。 『四狗』は矢等の武器を射出、あるいは武器そのものへと変わり、 狗の魔獣として実体化することで王の尖兵となり敵を食い散らす。 複数を融合させ、より巨大な魔獣を作り出す事も可能。 この宝具の原型は、生前チンギス・ハンに付き従った最も信任厚い八人の側近。 本来全員が掛け値なしの英霊となれる器だが、死後においても彼らは王にその魂を捧げ従属する事を選び、 単一のサーヴァントと化さず、王(ハーン)の宝具として昇華された。 魔獣というが英霊が変化した獣であり、一騎が幻獣クラス以上の戦闘力を誇る。 軍団長であった生前から斥候を放つ芸当も可能。 『餓狼・死天覇極道(イェケ・モンゴル・ウルス)』 ランク:A++ 種別:対軍宝具 レンジ:1~99 最大捕捉:1000人 史上最大の帝国を築いたモンゴルの大虐殺の歴史。ワールシュタットに築きし死山血河。 『人祖の落涙(ボルジギン)』 を握り潰し、地面に落ちた飛沫からは血が滲み出して間欠泉の如く噴出、 「モンゴル帝国が流してきた全ての敵民族の血」に等しい大波濤『死の河』を起こす。 死の河は灼熱にして極寒の地獄で、氾濫に呑み込まれた全ての生命を殺戮する。 全ての血を吐き出し終わった後、戦場で流された血は空いた穴へと吸い込まれていく。 チンギス・ハンは天空神エセゲ・マラン・テンゲリとしばしば同一視されている。 この宝具がもたらす光景は、さながら穴の奥に潜む荒ぶる神(チンギス)が腹に溜め込んだ血を吐き出し、 そしてまた流れた血を残らず嚥下していくかのよう。 【weapon】 『人祖の落涙(ボルジギン)』 チンギスが生まれた時手に持っていたという血の塊。 氏族であるボルジギンの始祖、ボドンチャルの原液。 神である蒼き狼と青白き鹿の子孫の妻は子を授からぬうちに夫を失うが天の光を受けて受胎、 そうして生まれた3人の子の末子がボドンチャルである。 合成弓(コンポジット・ボウ)の他、宝具と合わせてモンゴル軍で使用された武装を顕現させられる。 【人物背景】 幼名をテムジン。 世界最大の帝国モンゴルを作り出した偉大なる始祖。 彼の死後の帝国はユーラシア大陸を席巻し、最終的な征服範囲は地球上の陸地の約25%に及ぶ。 世界最高の征服者アレクサンドロス大王(イスカンダル)すらも超える領土を広げた、誇張抜きに世界征服に最も近かった帝国である。 しかしその生涯の前半期は苦難に満ちていた。 父を毒殺され一族の大半に離反された窮地を生き延びる少年期を過ごし、一族を立て直した後も娶った妻ボルテを敵に奪われ子を孕まされた。 部下も、肉親も、愛する者も、ほんの一滴の水が落ちる間に全てを奪われるという絶望を糧に、テムジンは覇王を志すようになる。 それから部族を統一し帝国を築くまでのテムジンの戦いは、己の血を繋ぐ為にあったといってもいい。 奪う側に回らない限りは永遠に奪われ続ける。 それは獣の摂理。捕食者はより上位の捕食者に食われる定めでしかない。 チンギスはその上を目指した。世界の総てを自身の手に。否、自身を世界に治める、神の摂理を。 凄絶にして迅速な戦術の組み立て。非道外道を厭わない残虐性。 自国の民を身を捧げて救う理想などない。 世界と己とを同一化させる超越性とは程遠い。 遙かな夢に駆け走る冒険者でもない。 「別に、世界が俺のものでないのが許せないだけだ。だから奪う。それだけの話だろう。 お前達こそなぜそれを許したままでいられる。この世で自分以外のものが存在しているなぞ、死を超える屈辱だろう」 それは欲望というより根源に根ざした衝動に近く。 こうして世界中の覇王の頂点―――覇極王は誕生した。 世界征服を目指す、ステレオタイプな悪の大魔王。血も涙もあるが冷血。有能な者は引き入れようとし、逆らう者は殺す。 「男の最大の快楽は敵を撃滅し、駆逐し、所有物を奪い、親しい人々が嘆き悲しむのを眺め、馬に跨り、敵の妻と娘を犯すことにある」とまでのたまう。 意外にも為政者としては真面目で律儀に治世をこなす。 国と自分を同一化しているので、いわば体調管理のようなものである。 【特徴】 蒼い瞳、血が固まったような黒色の長髪と朱色の民族装束。マントを羽織ったアジアンマフィアの大頭目といった雰囲気。年齢は30歳前後。 どれだけ満足したと言っていても、眼だけは常に満たされてない餓狼の如き光をたたえている。 普段は軽装だが宝具によって、狼の趣向を持つ全身鎧を身に纏う。 【聖杯にかける願い】 世界征服。受肉にしろ力の獲得にしろチンギスの全てはそれに帰結する。
https://w.atwiki.jp/cingishan/pages/21.html
条件 クリルタイ発生している。 チンギスハンが死亡している。 オゴタイ以外がモンゴルの国王になっている。 オゴタイが軍隊ユニット以外状態。 結果 オゴタイが出奔。
https://w.atwiki.jp/yamamura2/pages/489.html
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